元消防公務員で、現在は田舎でWebコンサルタントをしているharakohです。
2019年7月の参議院選挙で当選後、選挙時のウグイス嬢への上限額による公職選挙法違反疑いのかかっている河井杏里参議院議員が、説明責任を果たすとしながらも雲隠れのように一向に動きを見せなかった(その最中にも告発されていた)件ですが、ようやく新しい動きを見せましたね。
自民党の世耕弘成参院幹事長は6日の記者会見で、同党の河井案里参院議員から「体調を崩し、自宅で約1カ月の療養が必要だ」とする医師の診断書が5日付で提出されたと述べた。世耕氏によると、病名は適応障害だという。引用:日本経済新聞よりhttps://www.nikkei.com/article/DGXMZO53041970W9A201C1EA3000/
同じく「適応障害」となった、公務に携わっていたものとしてまずお身体の養生を第一に、そしていち早い回復を願わせて頂きます。
でも同時に「本当に1カ月の療養でいいの??」と思っています。
そんな簡単に治りそうなものなら、世の適応障害になっている人は苦労してないかと。
正直言って自分の時は1ヵ月で良くはならなかったのだけど・・・
そもそも適応障害って?
昔と比べて最近よく耳にするようになった「適応障害」。
厚生労働省でもこのように定義しています。
適応障害は、ある特定の状況や出来事が、その人にとってとてもつらく耐えがたく感じられ、そのために気分や行動面に症状が現れるものです。たとえば憂うつな気分や不安感が強くなるため、涙もろくなったり、過剰に心配したり、神経が過敏になったりします。また、無断欠席や無謀な運転、喧嘩、物を壊すなどの行動面の症状がみられることもあります。
ストレスとなる状況や出来事がはっきりしているので、その原因から離れると、症状は次第に改善します。でもストレス因から離れられない、取り除けない状況では、症状が慢性化することもあります。そういった場合は、カウンセリングを通して、ストレスフルな状況に適応する力をつけることも、有効な治療法です。引用:https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_adjustment.html
「新型うつ」と呼ばれたりいたり、うつ病とは少し違った症状や見解などされていますが、自分が実際にお医者さんにかかった時は『うつ病の一歩手前の状態』と言われました。
専門家でもないので詳しくは省きますが、鬱の症状にも似ていて、ストレスの元となる環境から離れると症状が良くなるそう。
逆にしばらく休んで治った!と思っても、また同じ環境に戻れば再発する、しやすくなるというものです。
驚異の回復力をもってすぐに適応障害を治したとしても、また同じ環境に戻れば再発してしまう可能性が高い。
ましてや1ヵ月程度離れたくらいでは、強大で極悪なストレスの根源たる場所のさらされたらすぐに戻ってしまいそうなものですが・・・。
いや、多分再発してただろう。
実際に当時の自分だったらそう思います。
診断と休職に至った流れ
適応障害と診断されるに至った流れですが、語ると長ーくなってしまいますので簡単にまとめます。
① 出動のある現場に配属勤務で上司から恫喝と無視系パワハラを受ける←この時点で結構ダメージ蓄積。
② 人事上司に異動を懇願。
③ すでに休職者の出ているかなり厳しい上司のいる事務系部署に配属される。
④ 事務量的な圧力で残業と休日出勤。また無視系も食らう。(上司と自分異動なし)
⑤ 十数キロ体重も痩せたが、頑張り続ける(2年目~上司と自分異動なし)
⑥ さすがに身体精神とヤバくなってきたので、人事上司に異動を懇願(2年目)。
⑦ 同部署上司と自分どちらも異動無し(3年目に突入)
⑧ 自分の中で何かが切れる。
⑨ 1ヵ月と少し頑張ったところで、身体が動かなくなり、いよいよヤバいと人事上司(前任者退職で新上司)にすがるように相談し病院へ。
⑩ 適応障害と診断(6ヵ月の療養が必要との診断)
自分で言うのもなんですが、結構耐えたかと思います。
現場からの異動を申し出ている以上もう後は無いと思っていたし、皆さんの税金から給料を頂いている以上頑張らないといけないですから。
でも身体と精神へのダメージは確実に蓄積して、本当に危なくなる前に一つ症状として出たんだなと思います。
というかなんか色々とわけわかんなくなってましたので。
ということで6ヵ月の療養診断が出たため、休職することとなりました。
自分の適応障害の症状
最初は身体と心をしっかり休めるため、ゆっくりベッドで休むことにしました。
しかし、神経がずっとハッキリしているというか、ちょっとしたことに過敏になってしまっていて眠ることが出来なくて、夜中ずっと布団の中で目が覚めている状態。
そして朝、鳥達がチュンチュン鳴いている頃合いにようやく少しの眠りにつけた。という感じです。
気分が重く、でも過敏なった気分になったり情緒があきらかに変。残してきた仕事や人に迷惑かけているという自責の念がグルグル頭をまわる。
そんな生活が1ヵ月ちょっとは続きました。
ようやく普段通りの生活リズムに近づいたのが自分の場合1ヵ月くらいでしたが、それでも気分は晴れず、精神も戻っていない感じ。
少しは良くなりましたが、それでも1ヵ月じゃ仕事に戻れる状態では無かったです。
薬については処方されましたが、効いた感じがしないどころか精神の起伏も激しくなり、気分も悪くなったんで「精神の薬ってかなりヤバいんじゃないのか??」
ということで、本当はいけないかもしれないのですが薬を飲むのを止めました。
今だからこそですが、適応障害は薬の効果はあまり期待出来ないという情報や、精神系の薬は常用している時から元の状態に戻すのもキツイみたいなので、自分の行動はどうだったのかまだ正解はわかりませんが、自分の場合はあまり薬に頼らなくて良かったかと思います。
休職から退職へ
お休みを頂いて、4カ月目くらいになるとかなり体調や精神状態というか気分もかなり良くなってきたのを覚えています。
正常だった頃に近い感じです。
夜ちゃんと寝れて、ちょっとしたことに笑えたり希望が持てるのは本当にうれしいですが、そこで同時に思うわけです。
では職場に復帰したら戻ったらどうなるか??
まず残りの期間厳しい上司と鉢合わせになりますが、それも一時的でおそらく自分か上司のどちらかは異動になるだろう(というかそうでなければ組織的問題。。。)
たとえそうでも、また同じような環境に戻り、上司に訴えたとしても次はもっと悪い環境になるかかもしれない。
詳しくは省きますが色々ありすぎて、もうこの凝り固まった組織にいると再発しなくても明るい未来が全く見えなくなったこと。
そして公務員はありがたいことに休職中も給料が一部頂けます。
でも実際に働いていないのに、給料を頂くことへの罪悪感がかなり大きかったので、まだ先は見えなくとも自分で事業を始めて新しい道へ進もうと思ったのが退職した理由です。
療養1ヵ月じゃどうにもならない
話しは戻ります。
自分の適応障害になった時の経験を書きましたが、まず症状的にも1ヵ月じゃ足りないです。
仮に万全に回復したとしても、また厳しい環境に戻ったらおそらく再発します。
人によって回復の度合いや、そこに至る状況は違うけれど、やっぱり1ヵ月では厳しすぎる。
河井杏里先生も、マスコミやSNSにより色んなところにさらされたことでしょう。
それが本人にとって
とてもつらく耐えがたく感じられ
た結果、医師にかかり今回の診断の発表となったことと思います。
診断延期はある?
自分が通っていた心療内科の先生から6ヵ月の療養との診断を受けた時、症状が直らなかった時どうなるのか聞いたことがあります。
その時は「この後も定期的に通院を続けて、状況を見て延期もある」。
と言われました。
確かに治らなければ、通院と治療が必要だな・・・と思います。
他の病院や全国的な基準がどうなのか不明ではありますが、さすがに医師の目から見て明らかに治療が必要な状態の人を「治った」として送り出すことは考えにくいです。
ということは、実は大丈夫なのだけど、精神的に病んだフリやその他画策などして「定期通院の結果、まだ病状を思わしくなく、通院と療養が今後も必要です・・・」
と再度診断されたら、療養延期です。
その後も何度も何度も、延期が必要と判断されれば、療養が必要ということで自宅療養延期が可能です。
確かに治療が必要であれば延期が必要だけれど、これでは再現が無い可能性も。
自分はそんなことはしたくなかったので辞める決断の一つなりましたが、河井先生がもし療養延期が長引くようであれば、本当に進退について職務の可能の有無にかかわることなので真剣に考えて頂きたいです。
まさかと思いますが、今回1ヵ月という短い期間になったのも、短い期間だからということで国民感情を少しでも緩和するための対策ではないかと変な想像が働いてしまいます。
いきなり6ヵ月休養と公表されるのと、1ヵ月ではだいぶイメージが違いますので。
「適応障害で休養!6ヵ月!マジでなげーよ!」
ってなりますからね。
ですが同じ6ヵ月でも、追加で1ヵ月・・・追加で1ヵ月・・・で計6ヵ月になると、いきなり6ヵ月と診断されるより、より一層うやむやに、そして忘れ去られやすくなるとは思います。
あくまでこれは自分の下衆の勘繰りなので、そのようなことはされないと信じていますが。
辞職か厳しく闘い続けるか?
1ヵ月しっかり休まれて議員として復帰したとしても、今回の件の説明責任は果たさないといけません。
それは国民の税金から多額の給料を頂き、「先生」と呼ばれる人民の代表たる存在であればなおのことです。
今の時代昔のテレビだけの時代と違い、ネットやSNSではずっと残り続けてことあるごとに戦い続けなければなりません。
もし適応障害としてしっかり治療をした後なのであれば、それは発症前に頑張って説明責任を果たすよりも厳しいことになります。
一度心が折れてしまった後なので。
税金で給料を得て、国民よりはるかに重要な職務に就いている以上、自分の進退についてはけじめをつけなければならないでしょう。
しっかり1ヵ月休んで身体と精神に英気を養い、説明責任を果たし地元に応援してくれた有権者だけでなく国民に応えるために頑張るか。
政治家という厳しい世界を目指しながらも、予想もできた一時的な逆境に耐えうるだけの素質を無かったことを素直に認めてその世界から去るか。
一度辞職して完全に回復するまで療養し、次の選挙に向けて備えるか。
おそらくどれかの行動を取られることと思います。
よもや、1ヵ月国民が忘れる頃合いまで家にいて、国会にふわりと戻り、説明責任を果たすことなく療養中も含めて歳費から給料をもらって、地元有権者のお祭りだけには良い顔を出し、グリーン席に始まる様々な議員特権をわが物にしながら、その後の任期満了の6年間をのらりくらりと過ごして、
「あの時は公職選挙法の疑いをかけられ、精神を病むまで追い込まれましたが、復活しました!」みたいな美談として語るような、恥を恥とも思わぬその他の尊敬など全くの無縁な政治屋の人と同じことはされないと信じています。
まとめ
今回河井杏里参議院議員は【適応障害】で1ヵ月の療養が必要と診断されましたが、自分の経験上1ヵ月の療養では完治、もしくはその後の職務への復帰はかなり厳しいものであると思います。
診断した医師の人はなぜこの期間での診断を下したのは謎ですが、本来適応障害となり療養が必要な人にはもっと期間が必要なはずです。
河井杏里先生は、診断の通り1ヵ月の療養の後に復帰されることとなると思いますが、お身体のことと責任ある国会議員という立場ということを踏まえて、けじめある進退への決断をされ、願わくば適応障害となった国民の代表として、適応障害という症状の認知と根源となる社会の問題について改善をしていって頂きたく思います。